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堺市街と大道筋

スタッフブログ|2018.09.01 UP


前回は堺市街を南北に二分する道路、大小路をご紹介しました。

今回は堺市街を東西に二分する道路、大道筋(だいどうすじ)のご紹介です。

 

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文久改正堺大絵図(※ 画像は堺市公式サイトより)

 

大坂夏の陣後の復興の際に、堺市街の南北幹線として敷設された道路が大道筋で、大坂と和歌山を結ぶ紀州街道の一部区間でもあります。

 

現在、大道筋といえば路面電車の阪堺線が走る50メートル道路として知られていますが、当初の道幅は4.5間で、5間幅の大小路よりやや狭い道路でした。

 

変な絵

 

明治44年から同45年にかけて大道筋に阪堺線が敷設され、第二次大戦後の復興の際に50メートル道路に拡幅されました。

 

大道筋の拡幅では、西隣の西六間筋(にしろっけんすじ)と大道筋の二本の道路を束ねて一本の道路にする方法がとられています。

2間(西六間筋)+21間(西六間筋と大道筋の間の街区)+4.5間(大道筋)=27.5間≒50メートルというわけです。

 

ちなみに、西六間筋と大道筋の間の街区には与謝野晶子の生家がありました。

 

同じ50メートル道路でも、東西方向のフェニックス通りに比べて、大道筋は自動車の交通量が少なく、路面電車が行き交うのんびりとした雰囲気があります。


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