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新旧ふたつの泉ケ丘

スタッフブログ|2018.06.22 UP


堺市南部の3つの丘陵地帯に広がる泉北ニュータウン。

大阪府下最大のニュータウンとして開発された泉北ニュータウンも、昨年まちびらきから50年を迎えました。

 

さて、現在泉ケ丘といえば一般的に泉北ニュータウンの泉ケ丘地区を指します。

泉ケ丘地区は3つの丘陵のうち最も東の丘陵に位置し、他の2地区より開発面積が広く、泉北高速鉄道線の泉ケ丘駅周辺には高島屋などもあり、なかなかの賑わいを見せています。

 

この地区名は堺市に編入される前の自治体名、泉北郡泉ケ丘町に由来します。

ちなみに、泉ケ丘町は1955年(昭和30年)発足、1959年(昭和34年)堺市編入なので、わずか4年しか存在しなかった自治体です。

 

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泉北高速鉄道線・泉ケ丘駅(※ 画像は泉北高速鉄道公式サイトより)

 

一方、当ホテルが位置する泉佐野市において泉ケ丘というと、泉北ニュータウンの泉ケ丘地区とは別の場所を指す場合があります。

 

どこを指すかというと、JR阪和線の東佐野駅の山側に位置する泉佐野市泉ケ丘です。

 

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阪和線・東佐野駅(※ 画像はJR西日本公式サイトより)

 

現在の阪和線を敷設した阪和電気鉄道は、泉ケ丘と銘打った住宅地を開発し、その最寄駅として1939年(昭和14年)に泉ケ丘駅(現在の東佐野駅)を設置しました。

 

翌1940年(昭和15年)に阪和電気鉄道が南海鉄道に合併されたため、路線名は阪和電気鉄道本線から南海山手線に改称、次いで1944年(昭和19年)に南海山手線が国有化されて阪和線に改称されたのですが、この時に駅名も東佐野駅に改称されてしまいました。

 

しかし、住宅地の名称は変わることなく、1988年(昭和63年)には現行住居表示も実施され、泉北ニュータウンより約30年早く誕生した泉ケ丘として現在に至っています。


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