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急速に市街化した豊中と布施(東大阪)

スタッフブログ|2018.05.14 UP


前回は、100年前の1918年(大正7年)における大阪府下の市町村を調べてみました。

 

そのなかで、現在中核市となっている豊中市東大阪市の市域は、100年前には村しかなかったことがわかりました。

 

では、簡単ではありますが、その後の変遷を見てみましょう。

siyoh※ 豊中市章(画像は豊中市公式サイトより)

・1927年(昭和2年)4月1日 町制施行、豊能郡豊中町

・1936年(昭和11年)10月15日 市制施行、豊中市(大阪府下4番目)

 

sisyou※ 東大阪市章(画像は東大阪市公式サイトより)

・1925年(大正14年)4月1日 町制施行、中河内郡布施町

・1937年(昭和12年)4月1日 市制施行、布施市(大阪府下5番目)

・1967年(昭和42年)2月1日 布施・枚岡・河内3市合併→東大阪市

 

豊中・布施の両市とも、町制施行から10年前後という短期間で市制施行に至っているのがわかります。

 

100年前の豊能地域の中心は池田町、中河内地域の中心は八尾町で、豊中も布施も村だったわけですが、その後、大阪市の人口増加の余波で、池田・八尾よりも大阪市に近い豊中・布施が急速に市街化することになったそうです。

 

なお、豊中・布施に追い抜かれた池田・八尾ですが、現在も大阪府の出先機関となる豊能府民センターが池田市に、中河内府民センターが八尾市に設置されており、地域行政の中心としての面目は保たれています。

 

昭和初期に急速に市街化した2つの都市、豊中と布施(東大阪)のご紹介でした。


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